本サイト「樹海のおとしもの」の趣旨

 本サイトは青木ヶ原樹海での自殺防止をメインテーマに作られました。
その為、サイト内にはグロテスクな自殺遺体の画像を掲載していますが、
これは決して自殺された方やそのご遺族の名誉を傷つけるために行うものでは
ありません。これから青木ヶ原樹海で自殺しようと考えている人達にその真実を
伝える事によって、思いとどまって欲しい。その一心で作ったサイトです。

 私はこの一年間、青木ヶ原樹海散策を続け、その間に数十体の自殺遺体を
目にしました。そのどれもが、鳥獣に食い散らかされた白骨死体か、凄まじい
臭気を放ち、かつて人間だったとは信じられない様な姿をした腐乱死体でした。
彼らがわずかに人間だったと窺えるのは、その傍らにあるボロボロの衣服や、
散乱した遺留品からです。
肉体は朽ちてしまっても、周囲に散らばった遺留品からのみ彼らが、私と同じ
人間であった事を想像させました。
 私はその残されたものたちを見るたびに、とても悲しい気持ちになりました。
 何故、この人達は自ら死を選んだのだろうか・・・。
 何故、この青木ヶ原樹海を死に場所に選んだのか・・・。
 
 確かに青木ヶ原樹海は「美しい死に方」「自然と一体化する」などという
ロマンチックな死に場所としてのイメージがあると思います。
しかし法医学者の上野正彦氏は樹海の一斉捜索に参加し、実際に自殺遺体を
目にしその著書「自殺遺体の叫び」で以下のように述べられています。

----樹海での死を選んだ人達の「美しい死に方」のイメージと現実の間には
少なからぬギャップがある。彼らは自らの死後の無惨な姿を客観的に想像し
行為に及んだのだろうか。----

 私も同様に考えます。
 樹海を死に場所に選んだ自殺者達は、ロマンチックな死の姿をイメージして、
この場所を死に場所に選んだのでしょうが、その遺体は決して美しくありません。
 上野氏は同著で、その答えとして、ある女性の体験を紹介しています。

----その女性は樹海に自殺に来たが偶然にも、腐乱した自殺遺体を発見した。
それを見た女性は死ぬ事が怖くなり樹海から出ようと思ったが、出口が分からず
三日三晩樹海の中を一人彷徨った挙げ句に、運良く脱出する事ができた。
 彼女は自殺遺体の姿と、三日三晩樹海を飲まず食わずで彷徨った事に
よほど応えたのか「自殺しようとなんて、二度と思いません。」と言っていたそうだ。----

樹海の中で死ねば、肉体は鳥獣に食い散らかされ腐乱していく。
この様な事は少し想像すれば誰でも分かるはずです。しかし、美しい死に場所として
の樹海のイメージが彼女にそう考えさせる思考能力を奪ったとは考えられないでしょうか。
だとすれば、少々荒療法かもしれませんが、自殺遺体の無惨な姿を伝える事によってのみ
自殺の名所としての樹海幻想を断ち切る事が出来るのではないかと思われます。

 今の日本では自殺者が年間3万人を越えています。しかし事故と違い
その姿が写真や映像で紹介される事はありません。
これもまた、自殺が無くならない原因のひとつであると私は考えます。
交通事故報道でも同じですが、人は車のグシャグシャに潰れた
そのリアルな姿を目にし、初めて自動車事故が恐ろしい事だと知るのです。
樹海で発見された自殺遺体は昨年105体を数えたそうです。
日本全体の年間3万人の自殺者からすれば、大した数字ではありません。
しかし数字が重要ではないのです。自殺された一人一人に家族があり、
人生があったのです。その一人一人の悲しい気持ち、そして失意のうちに
自ら命を絶ったその決断を想像すると、少ない多いの問題ではないのです。
 自殺防止なんて、そんな事は行政が考える事で個人でやる事ではない。
という意見を持たれる方もいると思います。しかしこの様な自殺者の遺体を
見せるというやり方は、個人でなければ出来ない事だとも思います。

 真実から目をそらし、人目から隠していくだけでは何も変わりません。
重要なのはその「ありのままの現実」を伝え、全ての人にイメージを喚起させる事です。